2025/12/15

(NO.1791) わが身の業も煮ゆるかな 山田雄正

 

銀座の松屋デパートの裏手に『鉢巻岡田』という料理屋がある。 

 

路地からちょっと引っ込んでいるので、素通りしてしまうほど目立たない店だが、 

冬のこの季節には鮟鱇鍋を食せる店として知られている。

 

作家の山口瞳や向田邦子などが贔屓にしていた店で、

特に山口瞳は「鉢巻岡田の鮟鱇を食べないと冬が来た気がしない」と絶賛している。

 

店の中に入ると、無垢の白木のカウンターが目に飛び込んでくる。

磨き抜かれた檜の厚い板には煙草の焦げ跡すらない。

 

そのカウンターの端にはダイヤル式の黒電話が置かれている。

鴨居の上には酉の市で買い求めたと思われる、

真新しい縁起物の熊手が飾ってある。

それは懐かしい昭和の時代を彷彿するもので、

小津安二郎監督の映画のセットの雰囲気すら感じられる。      

 

酒は樽酒で清々しい木の香りを愉しめる。

ぬる燗にすると香りが更に際立つ気がする。

 

グツグツと鮟鱇の煮える音を聞きながら呑む酒は、

まさに至福の一時である。

 

今年一年の様々な怨念も鍋の中に入れたらいい。

 

堕落、悔恨、凡打、失策、呆けなども一緒に煮込むがいい。

最後の具は懺悔(ざんげ)になるだろうか。

 

何もしなかった。

何も出来なかった。

何も、何も・・ 年末恒例の嘆き事である。

 

『鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな』万太郎

 

 

15/師走/2025        山田 雄正