2026/09/07

(NO.1868) Born in the U.S.A.   デコッパチ

「Born in the U.S.A.」ドラム、シンセサイザーに乗せ、幾万人もの観客が拳を突き上げて叫ぶような歌。ブルース・スプリングスティーンの代表的な作品である。しかし、よくよく、歌詞をみると、なかなかとんでもなく重い内容である。 

1984年にリリースされたこの曲は、ロック史上最も輝かしいヒットであると同時に、しばしば誤解されたと思う。歌詞に歌われているのは愛国心などではない。行き場を失いベトナムの戦場へと送られ、帰国すれば世間から冷遇され、仕事もなく路頭に迷う絶望である。 

しかし、力強いサビのフレーズとアップテンポなサウンドは、メッセージを覆い隠し、活用された。 

当時のロナルド・レーガン大統領は、その本質を置き去りにしたまま、「強いアメリカ」のシンボルとしてこの曲を選挙戦に利用。保守派の観客たちが星条旗を振り回しながらサビを合唱した。または、可能性は少ないが、もしかしたら、レーガン氏としては、「こんな世の中にしてしまってまことに申し訳ないが、悲痛な叫びを共有して、許してください。これからはしっかりと政策運営していきます」、という深慮だったのだろうか?

私自身も数十年誤解していたようだ。全くあほである。しかしながら、世の中の多くのことは、結構、誤解によって動いている。ほとんどのものは「盛大な勘違い」と「思い込み」、あるいは演技、舞台装置によって動いているような気がする。

このような現象は、ポピュラー音楽の歴史の中で繰り返されてきた。ニール・ヤングの『Rockin' in the Free World』(1989年)もその一つ。格差を告発した曲。なぜか、ドナルド・トランプの出馬表明のバックミュージックとして流された。また、アメリカの第2の国歌と称されるウディ・ガスリーの『This Land Is Your Land』も、教科書に載るような愛国的アンセムとして広まったが、本来は抗議ソングだった。わたしも何も考えずに何度か歌ってきた。

なぜか、アーティストたちのメッセージは誤解され、利用されてしまう。感情を一瞬で一つに束ねる「キャッチーなサビ」「テンポ」が重宝され、文脈は切り捨てられる。救いは、ブルース・スプリングスティーンが、後に、アコースティック・ギター1本で「Born in the U.S.A.」を低く、静かに歌い直したことか。

 

 

2026年9月7日 デコッパチ