「一見ウリ二つにみえる日本人と米国人の価値観の矢印が、実はまさに正反対の方向を向いているということだ。」(江藤淳「アメリカとわたし」より)
AIと人間の違い。それは、感情がそこにありありと存在すること、執拗さ、引きぎわの鮮やかさ、ではないか。
某米国紙を電子購読していたが、購読中止をしようと決めた。写真がとても綺麗なこと、映画欄が充実していることなどから、一年くらいぐずぐずと伸び伸びになっていたのだ。しかしながら、購読中止にいたる道筋は、いかなるサイトにおいても、あまり歓迎されない。あっさりキャンセルできることも稀にある一方、迷宮で疲れ果ててあきらめる場合もあるし、ほとんど芸術的な小さな字で隅っこに手がかりが書いてある場合もある。
今回の場合は、チャットにより購読停止できることがわかる。しかし、どうしてチャットなのだろうか⁉︎ なかなかあっさりと解約してくれないものである。案の定、チャットに臆して、さらに数ヶ月が経つ。
ただ、今回の例が示しているように、チャットは、極めて心理的、人間的である。微小な例ではあるが、この新聞社は、機械的にキャンセルに流れるのではなく、人間的な商談をもちかけてきた。全部の米国メディアや新聞社が、ネット時代に苦慮するなか、今回の例は、米国経済の小さな活力、愛嬌さを示唆しているのではないか。キャンセルまでの経路は、その会社の体質やお国柄をとても正直に示していると思う。
チャットに入ると、まずは「How can I help you today?」とでてきた。AIのようだ。わたしは、おずおずと、「こんにちわ、すみませんが、購読を中止してくださいな、」と打ってみる。
すると、瞬時に、「ウェルカム! あなたからのメッセージを受けとりました。お時間はとらせません。5分以内に返答します」と言ってきた。多少は意訳・要約です。次に名前をきいてくる。私のなまえを送る。アドレスをきいてくる。アドレスを送る。すると、購読者IDは何番ですかと、瞬時にきいてくる。まばたきをする時間もくれないのだ。
「すみません、IDはわかりません」と送る。すると、キャンセルの理由を、きいてきた。・読む時間がない・価格・サービス・編集方針・その他、、、このうちのどれですか? 時間がないからなんです、と打ち返す。
すると、「AIからヒトに変わります」と出てきた。account specialist :アカウントスペシャリストが間もなく返答します、と出てきた。えー?アカウントスペシャリストとはいったいなんだ。
すると、「You are now connected to John.」 と出てきた。 どうやらここからは、人間のようだ。とても緊張するが、緊張する時間もほとんど与えてくれない。おねがいだから、お手柔らかにお願いします。
「こんにちわ、ジョンです。今日は連絡ありがとう。 I hope you are great! 」
greatと言われても、困る。あなたは、寛大だよね、購読中止について再考してね、という意味なのだろうか? それに、わたしは全然偉大じゃないし。
「いま、アカウント確認してます。I will love to assist you today.」。よろこんでアシストします、ということなのか。あるいは、なにかの罠(わな)なのだろうか。こちらはもうヘトヘトである。とにかく早く解約してほしい。
「あなたは大事な読者だから、キャンセルする前に、すこし考えてください。新たな料金体系として、向こう1年、週1〜2ドルを提示しましょう。その後は週4.25ドルになりますが、キャンセルはいつでも自由です。新しいこの提案を、いま、考えてくれないでしょうか?」。なんだか、タランティーノ監督の映画のなかで、殺されそうになったひとが、暗殺者に話しかけて、形勢逆転を試みて言葉をなげかける場面みたいだ。いつも不思議に思うが、暗殺者は必ず耳を傾ける。
手で打っているとしたら、もの凄いスピードである。うーん。なかなか魅力的なオファーだ。キャンセル申し込みのチャットで、逆にオファーしてくるなんて、思いもつかなかった。やはり、欧州紙とは違う。かなりの柔軟さ、したたかさ、反撃、である。1、2分考えることになる。どうしようか迷っている間、画面はおそろしいほど静かである。端末の前で、極東からの返答を待っているのだろうか。こちらは、沈黙に耐えられなくなり、お断りのチャットを送る。
「あなたのところの記事はgreatで、写真はとても綺麗だ(ほんとにそう思ってはいる)。だけど今回はやっぱり購読を中止させてください。」と送る。とほほ。こんなまわりくどい社交辞令を書いてしまう自分がなさけなくもあり、ほほえましくもある。
その後は、「了解しました。期日である2週間後までは購読可能です。しかし、残念ながら、さっきのオファーはもう無理かなぁ、、などなど。」と返ってきた。これにて、ようやく一件落着。しかし、ただの解約に至るまで、どうしてこんなに時間がかかるのだろうか。少しつかれて、かなりつかれた。かの国は、したたかである。これで1ヶ月後に、また再購読を始めたらバカであろう。
2021年2月24日 デコッパチ