2021/01/29

(NO.1249) リーマン   デコッパチ

再び、男はつらいよ・寅さん映画の話題で恐縮ですが、このシリーズは、マドンナだけでなく、各回ごとに出てくる男優たちも魅力的で、目が離せない。ときには、作品のなかで、国を代表するような画家や陶芸家が、寅さんを妙に気にいる。または、マドンナの父親役として、酒好きな住職や、気難しい小説家などがのそりと出てくる。しかし、男は、基本的に滑稽でドタバタした存在として描かれている。

また、山田監督が非凡なことは、いくつかの作品に、サラリーマンをしっかりと絡めた映像を残している点ではないか。サラリーマンというものを、曲がりなりにも映画というもののなかに、映画史上で初めて血肉化してくれたのだ。半沢直樹みたいな活躍も大逆転もないし、植木等のニッポン無責任時代シリーズみたいな破天荒な豪快さは微塵もない。しかし、以下の二つの作品には、とても他人事とは思えない共感を覚える。失踪したくなる気持ち、である。 

15作では、中年男・兵藤謙次郎(船越英二)が失踪し、青森で寅さんと知り合い、寅さんから離れず、旅を続ける。寅さんが心配し、とにかく、まずは家に連絡くらいしたほうがよいと説得する。兵藤から、自宅の電話番号をききだし、とらやに電話する。以下の電話番号に電話して、お宅のご主人は無事ですと、兵藤家に伝えてくれと、妹のさくらに乱暴に言う。

いつものように、小銭がなく、細かいことは伝わらない。電話がきれ、さくらは途方にくれる。電話は、小銭を入れてかけるものだったんです。

大騒ぎにあった兵藤家の奥さんが、とらやに飛んでくる。さくらは、寅さんの詳しい居場所をきかれるが、そんなことはもちろんわからない。出張先がわからないはずはないですわよね!? はやく、お兄さま(寅さん)の勤め先にきいて下さいませ! 宅はどこにいるんですか、と詰めよられるものの、北にいるのか、南にいるのか、さっぱりわからないのだ。

34作。上野駅の焼き鳥屋で寅さんは、疲れた証券マンの富永(米倉斉加年)と仲良くなる。律儀な寅さんは次回はご馳走するが、酔いつぶれてしまい、気がつくと、茨城県牛久沼にある富永の家で目が覚める。富永はとっくに会社に行っている。奥さんはもちろん美人である(大原麗子)。やがて富永は突然失踪してしまう。

失踪前の、富永が働く業界(証券業界)の様子が克明に描かれる。なかなか、せわしない世界だ。すごく芝居じみてみえるし、リアルにもみえる。虚構の世界にみえるけど、切実な真理も見え隠れしている。山田監督にはそのように映ったようだ。いずれにせよ、富永はいない。寅さんは、残された奥さんと、鹿児島にあたりをつけ、富永を探しにいく。

どちらも、名作である。第15作はリリー(浅岡ルリ子)もからみ、3人はお金がなくなると、駅舎に泊まって夜露をしのぐ。その後、兵藤はとらやを訪ね、メロンを持ってくる。有名なメロン騒動につながる。第34作においては、富永は、東京にふらりと戻ってくる。大ごとにはならず、住居の近くの職場に転勤することでおさまる。

松本清張が描いたら、失踪は、底なしの暗闇につながり、殆どの人物が死の運命に向かうところである。寅さんシリーズが描く失踪は、まるくはないが、四角に近い丸で収まる。「なんとかおさまる」。いまどき、たいへんありがたい言葉である。

ちなみに、第15作では、小樽に着いた兵藤は、過去の恋人が営む喫茶店を訪れる。リリーに、未練がましくって、ほんとにバカだねぇ、そんなの女性にとっては迷惑なだけだよ、と言われる。

 

2021128日 デコッパチ