感染。集団。在宅。自粛。三密。
ちょっとまえなら、こんな熟語がとくべつな感情に結びつくとは思いもしなかった。
そんな日々を生きているぼくたちの5月も終わろうとしている。
リモート。遠隔。隔靴掻痒。
平日の昼間にずっと自宅にこもる不思議。いきおい、部屋の本棚に手がのびる。
あっは、ぷふい。
そう呟いたのは、埴谷雄高の『死霊』の登場人物だった。
そんなふうに、昔、夢中になった小説が急によみがえったり。
平日の午後、とりとめもない時間が、在宅の部屋をふわふわと過ぎていく。
そんな日々のなか、一冊の本を仕上げるためにパソコンに向かっていた。
この二十年のあいだ、断続的に書きついできた、コーヒーをめぐる文章を一冊の本にまとめようと思い立ったのだ。
コーヒーを通して、文化を、詩を、世界を、戦争を考えて来た文章を、この時代の読者に届けるために。
そのために、いちから原稿を見直してみようと、毎日、時間を決めて原稿に手を入れることにした。
コーヒーから世界につながる線をたどっていくうちに、楽しい道草のようにして、資料を引っ張り出しては読みふけり、また原稿に戻るという生活が続いた。
世界的な疫病の時代。
こんな日々がやって来るとは、誰も思わなかっただろう。
感染症をめぐるニュースが、皮肉にも世界をひとつにしている時代に、ぼくは、中東の中世に突如、生まれたコーヒーという文化現象のことで、頭がいっぱいになっていった。
コーヒーを語ることは、ぼくにとっては、世界を語ることであり、イスラームを考えることでもあり、カフェ的な空間を考えることであり、なによりも詩を、映画を思い描くことでもあった。
せっかくだから、いままでのどんなコーヒー本とも違うものにしようと思う。
コーヒー好きのみなさん、どうぞ、お楽しみに。
2020年5月30日 小山伸二