誰も彼もがお前を見捨て、もう力ずくでもお前を追い払おうとしたら、そのときはひとりきりになって、大地にひれ伏し、大地に接吻し、大地を、お前の涙でぬらしなさい。(「カラマーゾフの兄弟」より)
私の親戚にはけったいな人が多い。特に父方の叔父が極北である。一年中、4-6キロの重しを着けて歩いている。バカを通り越すとエクセルシオールに近い。しかし、わたしは、その個性の塊のような叔父をはじめとする親戚達に育てられたようなものである。家族の圧力、情、自我というのは、時に小さくない風圧になる。次男坊はまことにつらい。しばしば、親戚の家に避難していた記憶がある。
避難先も安息の地とは言い難く、三界に住処なし。叔父は、わたしに対してズバズバ踏み込んできた。幼少期から相当長くの時間を一緒に過ごした。自営業かつ遊び人の父は、時たま、突然に私を映画(アランドロンの「ル・ジタン」など)に連れて行くぐらいであったが、叔父は体育会系で、火のでるようなガチンコで接してきた。テニスのショットに例えると、父がスライスショットだとしたら、叔父は真芯で捉えたドライブ気味の炎のショットであった。ちょくちょくスキーなどに連れて行ってもらったが、30度以上の斜度の壁面につれていかれたときは、縁を切って逃げようかとも思った。ときにはスキーコーチにもつけてくれた。私が高校生のとき、スキー部ではなく、自転車部に入った時は、かなり非難されたものだ。
叔父は少年期を戦後のカオスの中で育ったせいか、相当たくましいホモ・サピエンスである。私には想像を絶する世界、シリア内戦やユーゴ内戦に近い世界の中を生き抜いてきたようである。いまや80歳を超える叔父は、二十歳前後の頃に、関東にいた私の父を頼って田舎から出てきた。父は、叔父を、すみやかに、どこかの私立大学に押し込んだようである。イェティと人間の間である叔父が、真面目に勉強をしていたとは想像しにくい。おおらかで、牧歌的な時代だったようである。
若い頃の写真を見せられた時、写真に写る叔父は、K1選手のような体つきをしている。基本的に野人なのだ。彼は、いまも、冬はスキーに狂躁的に取り組み、夏はスキーゲレンデをマウンテンバイクで駆けぬる。常に足に重りをつけて歩いており、ときどき「おまえもやらないか」と言ってくる。いつも丁重にお断りしている。
私と違い、若い頃から喧嘩が強い。なぜか、ボーリングブームの中、プロボーラーもやっていたようである。また、仕事の上で、若い頃は「仁義なき戦い」モードの揉め事もいくつか、こなしたようだ。物騒な時代であったとはいえ、いったい何者なのだろうか。しかし、子育てはうまく、子どもたちは医者になり、一人は献身的に大病院に勤め、一人は美容関連の医院を担っている。一人は死に随時直面し、もう一人は、その全く反対の世界(アンチエイジングや美の追求)を選んだかたちである。多分、子育ては、八割ほどは叔父の奥さん(私は、サッチャー元英国首相にも負けない鉄の女だと内心思っている)によるものではないかと推察される。
ふとした時、叔父は、父方の祖先は相当むかし、とある地を治める人間だったと言い、家系図も調べたという。父も幾度か、そんなことを言っていたが、詳しいことは語らず死んでしまった。兄は相当信じ込んでいるが、私にとっては、どうでもいい。
私はたんなるデコッパチなのである。アタローでもイヤミでもおそ松くんでもない。祖先が仮にそうだとしても、今の自分の仕事や仕事内容に全然恩恵がないし、往往にして理想とは違う方向に行きがちである。理想自体も忘れ、日々の生活に追われがちだ。一方で、祖先は、もしかしたら、横暴的なことをしていた可能性もあり、その罪の幻影が残っているのではないかと、ふと思う時もある。わたし自分の行動を第三者的に反省すると、何事も人任せであること、やたらに脇が甘いこと、経済観念が薄いこと、ときおり人に対して桁外れに寛容な部分がある。万が一であるが、叔父や父の言っていることも、まんざら嘘ではない可能性もあるのかなと思う。しかしながら、ご先祖は、脇の甘さから寝首をかかれたり、滅亡しかけた局面も想像にかたくない。黒澤明の「乱」が多くを示唆している。
もし、仮に、先祖がそこそこ偉大であったのであれば、私の DNAよ、起きてくれ。少しは私に貢献してくれてもいいのではないかと思う。祖先が犯したかもしれない罪は、何代もの子孫たちが贖罪したのではないか。カラマーゾフの兄弟のミーチャみたいな放蕩者もいた一方で、もしかしたら、一人ぐらいは三男のアリョーシャのような聖職者がいたことを願う。いたとしたら、先祖さまの罪を多少は浄化してくれたのではないか。私個人は、アリョーシャのように出家することはできない。いずれにしても、ホモ・サピエンスであり続けることは、なかなか大変である。今日も、どうしてもカフェに寄ってしまう。重石が重いほど寄ってしまう。
2019年2月10日 Decoppachi