2019/11/29

(NO.1191) マイケル  デコッパチ

マイケル・チミノという映画監督がいる。

ダーティーハリー2の脚本を書き、「ディア・ハンター」(1978年)という映画の監督をし、大ヒットさせた。しかし、次作の「天国の門」で多額の予算を費やし、ユナイテッド・アーティスト社を倒産の危機に陥れた、破格のひとだ。

「ディア・ハンター」のラストシーンでは、ベトナムから帰ったニック(クリストファー・ウォーケン)の葬儀後、集まった仲間達が軽い夕食をとりながら、しみじみと歌い始める。God bless America, land that I love. Stand beside her・・・。このシーンをどうしても、もう一度みたくて、聴きたくて、ディアハンターを動画サイトでさがし求めて数週間を費やす。便利になったようで、本当にみたい映画は、いくら探しても見つからないものだ。DVDを買うしかないかなあ、と思っていたところに、某動画サイトでディア・ハンターが配信がされはじめた。こうなったら、かなり長い映画だけど、腰を据えてみるしかない。

しかし、この動画サイトは、なぜディア・ハンター配信を始めたのだろうか。最近の公開作品の流れからはターミネーターではないのか。たぶん、最近公開された、第2次世界大戦後のアメリカ裏社会を生きた無法者たちの人生を描いた「アイリッシュマン」において、あまりにいきいきと演じるロバート・デ・ニーロや米国映画界にたいして、ささやかな更生を求めているのだろう。

ペンシルベニア州ピッツバーグ郊外にある、ロシア系移民の町、クレアトン。製鉄所で働く男たち。ちょっとした不注意で、大怪我になりそうである。防熱服やマスクで、誰がマイケル(ロバート・デ・ニーロ)なのか、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サベージ)なのか、わからない。

映画冒頭の1時間は結婚式のシーンに割かれる。裕福そうな町ではないが、ロシア正教らしき教会は大きく、美しくて荘厳である。この霊的で、礼拝的な場面への監督の意欲、丁寧な撮影、シーンの時間は、映画全体の比重をゆがめるほどに重い。ひとつの映画のなかに、2つ、3つの作品があるようである。

しかし、映画後半のあまりの過酷な展開を考えると、どうしても必要であったと思う。のちにつくられる沢山の戦争映画をも、全部まとめておさえつけるほど重い美しさをもつ、文鎮のようなシーンである。

のちに精神に異常をきたし、変貌してしまうニックも、映画前半においては、頬がふっくらとしたかっこいい青年である。この映画でアカデミー・助演男優賞をとってしまい、著名になったクリストファー・ウォーケンは、その後の出演作品においては、いささかマッドを含んだ役柄が多かったが、この映画前半の映像のなかの彼は、輝いているし、病んでいない、朗らかな若者なのだ。いまさらながら、驚いてしまう。

結婚式のあと、男たちは、山小屋に向かい、そこを拠点に、鹿狩りにいく。マイケルが鹿を追うシーンに流れる音楽があまりに壮麗である。音楽により、奥行きが数倍になった映画である。また、なによりも、生活するまちから、クルマで気軽にいけるところに、深い山、しっかりした山小屋があり、その付近で数メートルの巨大な鹿の狩ができる(マイクは毎回、銃弾をひとつしか使わない)。豊かな国土、さりげない豊かさに対して、羨望するばかりである。しかし、その輝かしい時間は、3人にとって、長くは続かない貴重な時間であった。

やがて3人は、ベトナム戦争に赴き、捕虜となる。川に突き出た小屋の床下で、ロシアンルーレットに駆り出されるまで、腰まで川の水でつかっている。その時点で数人は半狂乱である。その後、奇跡的に、酷い場面をしのいで、ヘリコプターに救われ、ニックは入院。退院直後に、軍人専用ダイヤルで、州、町の名をオペレーターに告げるが、電話は、町に何故か繋がらない。これが、彼を魔の世界に赴かせるひとつの分岐点であった。

いまさらながら、この映画は、友情、サイゴン陥落、米国人がもつ宗教社会などの描写で素晴らしい作品だと思う。天才と狂気の境までの、妥協を許さない監督の姿勢が、プラスの方向に作用した。マイケルはニックを救いに、サイゴン陥落直前ののっぴきならない状況のなか、裏社会の賭博場に、ニックを救いに行き、ニックの目を覚ますために、ロシアンルーレットの机で互いに向き合う。そのような友情が、世にほんとうにあるかどうかわからないけれど、あるのであれば、この世も捨てたものではないと思う。たぶん、あるので、あろう。しかし、ロバート・デ・ニーロは、最近公開のアイリッシュの予告編をみるかぎり、ケネディ大統領暗殺に関わっているようである。ケネディが暗殺されていなかったら、ベトナム戦争は長期化していなかった可能性があり、ディア・ハンターで、戦争にいかずにすんだかもしれない。

しかし、この監督が関わった作品(ダーティーハリーシリーズのなかでもっともシェイクスピア的な「ダーティーハリー2」、「ディア・ハンター」、「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」)は、あまりに濃ゆい映画である。普通の量の2、3倍の量の豆で淹れたコーヒー、あるいは、アルコール度数70度以上のお酒のようだ。良薬と猛毒のちょうど均衡点みたいな映像ばかりである。

2019年11月25日 デコッパチ