2019/06/19

(NO.1167) スロベニア、クロアチア紀行No.4 小浜綱之

7日目、スプリットをあとにし国境を越えボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルへバスで約3時間半、世界遺産のモスタル観光では悲惨なビデオ映像を見て心を打たれた。

1992年から1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争、ユーゴスラビアの解体からボスニア・ヘルツェゴビナの独立に伴い民族対立という深刻な内戦が生じた。

街の一部には内戦で朽ち果てた瓦礫がそのまま残っている建物があり、むごい紛争の姿を物語っていた。

観光名所であるスタリ・モスト(石橋)は内戦で破壊されたが内戦終結後復旧され、美しいアーチ型の石橋は観光の目玉となっている。

奇麗なネレトヴァ川に掛かるスタリ・モスト(石橋)の中央の欄干にウェットスーツを着た中年の男性が立ち、欄干から20m~25mはあろうと思われる橋下のネレトヴァ川へ飛び込み観光客を楽しませてくれるようだが、飛び込みを職業としており籠に30ユーロあつまらないと飛び込まない。

「それじゃ私も格好だけのウェットスーツを着て立ってるくらいならできる」とジョークで言ってら麻生区のご主人が「できるでしょうが、地元人に対して失礼にあたるでしょう」とまともに指摘を受けてしまった。

さすが世界遺産の街、いろんな国から観光客が来ているようで国際色が豊かな雰囲気だった。

スタリ・モスト(石橋)をあとにし一路ドゥブロヴニクへバスで3時間半、ホテルでの夕食中に添乗員が以前ドゥブロヴニクにツアー添乗で訪れたとき、実は自由行動の際に行方不明になられた方が一名いて大変でした。

夕方の集合場所にひとり来なくて目ぼしい場所をいろいろ探したが見つからず、警察へお願いし日本の家族へも状況を連絡したら「いやー、どうもすみません。

実は痴呆症を患ってまして、本人がどうしてもクロアチアへ行きたいと言うもんですから、ついついじゃー行ってらっしゃいと見送った」と言う、どうも家族も持て余しぎみで海外旅行へ出したようだった。

添乗員は「ツアー会社で把握していれば私などが最大限一緒に行動を共にし行方不明にするようなことはなかった」と弁明していたが、それ以前にツアー会社が参加を受け入れないと思われる。

いずれにしろ、いろんな方がいるんだと驚くやら感心するやら。

8日目、世界遺産ドゥブロヴニク旧市街観光、日程ではロープウェイでスルジ山展望台へ登る予定だったが、ロープウェイを運行している会社が税金滞納のため市役所が運行停止を命じた。

我々はバスのなかで暗に添乗員を咎めるように「ロープウェイに乗るのを楽しみにしていたのに!」とジョークで言ったら添乗員が真顔で「たしかにせっかくの機会なのに残念とは思いますが、途中でマイクロバスに乗換えて山道を登りスルジ山まで行きますので、おゆるしください」「○○君のせいとちがいまっせ、気にせんといてーや!」と京都のご主人がフォローした。

スルジ山展望台の約200m手前でマイクロバスが止まり添乗員が断崖絶壁の場所へ案内し崖下を見たら旧市街が素晴らしい景色だった。

添乗員が数年前にここから撮影した旧市街の写真が旅行会社のパンフレットに使っているようである。

スルジ山展望台をあとにし旧市街へ下り昼食後、城壁内を観光と散策していたら雨が降ってきたのでグラスボード遊覧は明日に持ち越しコーヒーショップなどで時間をつぶし、夕食は添乗員がお薦めするレストランでムール貝やパスタなど、また赤・白ワインをボトルでオーダー、みんなでシェアーし合いながら盛り上がっていたら、添乗員が「みなさん、盛り上がっているところ、○○さん(京都のご主人の妹)が3月末日に定年退職を迎えましたので記念に弊社からプレゼントをご用意しました!」と言うと、みんな(たかが6名だが)拍手喝采で祝い、妹さんも満面の笑顔で応えていた。

9日目、昨日とはうって変わって晴天に恵まれ昼までホテルでのんびり過ごし、午後から昨日の旧市街へ出かけサブマリンに乗り海から旧市街を見学、サブマリンと言っても海中に潜るわけではない。

サブマリンが浮上して遊覧すると思っていただきたい、船内はグラスボードになっていて海中の魚などが見えるようになっているが、海中が濁って遠くまで見えなかった。

天気も良いので船上に出て城壁を眺めたり小島の奥にヌーディストビーチがあると聞いていたので男性群は密かに期待していたら、小島の手前で引き返してしまった。

午後5時ごろローカルバスでホテルへ戻り専用バスでドゥブロヴニクの空港へ行き帰国の途に就いた。

今回も一期一会の楽しさ思い出などを肌で感じた旅だった。



2019年6月19日      小濱 綱之