2018/11/29

(NO.1133) 新参者   Decopachi

「ゴスペルソング」; 黒人霊歌・ブルース・ジャズを結合した、黒人の宗教音楽

話は、9月中旬にさかのぼります。

今、何故か、600人程を前にしたゴスペルコンサートに参加している。なりゆきというのはおそろしい。となりの人とベース担当として8曲ほど歌う。何回練習しても口が回らない難所がいくつもある。ゴスペルの大御所カーク・フランクリンを3ヵ月前まで全く知らなかった者がここにいていいのだろうか。

しかし、なかまは100人近くいるし、わたしにはソロもない。とりあえず、後ろから皆を見ながら楽しむことにした。皮肉にも絶好の位置であった。ところで目の前のドラムの音がすごい。プロのドラマーだ。すごい、さすがプロ! 歌いながら、ドラムに聴きいる戦略に開きなおった。自分自身は、歌えないところは、歌う振りをし、表情だけはニコニコすることで凌いだ。どうやら、わたしの人生は、凌いでばかりである。

はじまりは、その三ヵ月ほど前。忙しいことや、レッスン時間が遅めのために、ゴスペルレッスンを休会させてくださいなと、先生に言ったら、大事な自主コンというものがあるし、バスが足らないため、休会してもいいから、自主コンには出て欲しいと仰る。わたしは、ついつい、はい、と言ってしまった。私は頼まれごとにことごとく弱い。ところで自主コンとは?

そこから、私なりの混乱と苦闘が始まる。まずは歌詞を歌いこんで覚えないといけない。当日は譜面持込み禁止である。とにかく出来るだけ、受け持つベース・パートを覚えなければならない。スマホに送られてきた、ベースの音源を聴きながら、小さい声で、小さくない声で、いたるところで各曲を歌う。電車のなかや、歩いてるとき、会社の昼休みなど。まわりからみたら、そうとう不審者だったと思う。

とくに、カークフランクリンのSeptember。これが歌えないのだ。なぜアースウィンドアンドファイアのSeptemberではないのだー? それは今回はゴスペルだからである。とにかく、意味をかみしめて、意味から回り込んでやっと形らしきものにするしかない。

次に衣装と靴が難題であった。ステージ前半が上下シロ、後半が上下クロだという。しかし、新参者のわたしには、白い靴と白いジーンズ、黒いシャツと黒いジーンズがない。わー、散財である。赤と青の2色のストールも必要だという。新参者のわたしには、これらを揃えるだけでも、いろいろ大変であった。

そして、当日が来てしまった。男たちは朝9時に集合。抽選で当てた区民ホール会場はかなりでかい。前日に平原綾香がコンサートを行っていたようだ。まずは、舞台で、100人が乗る三段の台を組み立てなければならない。何枚もの板、支えとなる木組み、周りに張る板、などが舞台の台になっていく。素材は全て舞台の上手や下手にわんさかある。驚く事ばかりである。音響や演出や照明のプロの人達もやって来て、騒然たる準備である。 また、マイク数十本をセットしていく。自分達用のモニターもセット。結局、男は大工なのか。

この時点で、脱走しようと、思いつつ、昼になる。1時からはリハーサルであった。全曲をリハしていく。先生のテンションもこころなしか、やや高い。リハーサルは、先生が直しながら進むため、2時間くらいかかる。先生は、リハで燃え尽きないように、力半分でという。しかし、一方で、いろいろとピリッとした注意がビシビシとぶ。この時点で、音響担当のひとは、リハをみてて、これはいかんなあ、こりゃだめかなぁと思っていたらしい。

この時点でわたし自身は少し限界に至る。この時点で半死状態である。帰っていいか?と仲間に聞くが却下される。実行委員の方は一年近く準備し、悩んできたのだ。

そして、とうとう、午後4時半から本番開始となる。2時間弱歌い、時には歌うふりをし、時に全力で歌い、声は枯れ、無事に終了した。とにかく終了したのだ。わたしの中の燃えかすみたいなものも燃え尽きた。

その後、1時間強をかけて撤収作業に入る。舞台をバラバラにして収納しなくてはならない。無数のマイクスタンドを片付けていく。その他もろもろの全てを片付けて、撤収。しばらくマイクはみたくない気分である。

疲れ過ぎて食欲もない。1時間くらいかけて帰り、家の近くのカフェに逃げこむ。身体がとりあえず求めたものは、アイスラテであった。お世辞でもなんでもない。お酒を飲めないわたしの体はコーヒーを中心に回るようになってしまっていた。甘味とともに、五臓六腑、腰、枯れた喉に沁みいってきた。ダンケルクで英国軍が救助船に乗り込むように、ビートルズファンがポール来日を求めるように、巨人ファンが原監督の復帰1試合目を待つように、野球ファンがイチローの復帰を求めるが如く。

救いは、音響監督のひとが、リハでは、いったいどうなるかと思ったが、本番はよかったよかった、と言っていたことか。ノリノリの曲、重厚な曲、坂本九の歌、など、多彩なプログラムであったこともよかったかもしれない。

次回はもっと歌い込んで、歌を血肉化しなくてはならない。アレサフランクリン、ニーナシモンに捧ぐ。捧げられた方はさぞ困ろう。

2018年11月28日  Decopachi