2018/10/03

(NO.1127) 猛虎よ!  Decopachi

猛虎よ!

 

わたしはヤクルト・スワローズのファンであり、年に一度くらい、ふらりと神宮球場に観にいく。しかし、フルメンバーの名前は浮かんでこず、あまり、熱心な野球ファンではないようだ。

しかし、阪神という球団は妙に気になる。かなり気になる。神宮球場の対阪神戦にいくと、七割ほどが阪神ファンである。熱気も3〜4倍くらいありそうだ。タイガース。名前からしてツバメより強そうだ。また、ヤクルトと異なり、優勝争いに絡む長い長い伝統を持つ。なんと、初めて最下位になったのは1978年である。しかも、ひとをややcrazeさせるなにかを持つチームだ。一部の人は、あらゆる尺度を超えた、身も世もない、ミステリアスな思いをよせる。

作家の北杜夫は、2リーグ分裂前のダイナマイト打線時代から、阪神の持つバーバリズムに惹かれ、数十年間、阪神ファンを続けた。阪神がシーズンのカギとなる試合のときは、阪神の勝ち負けに七転八倒したり、チャンスやピンチのときは、あやしげな自己流ヨガをして念力をとばし続けた。または、数十の確定ジンクス動作を行っていた(打者ごとに煙草を吸い、灰皿を一定のタイミングで置き、選手ごとに決まったポーズをとる)。煙草を吸って、ある選手がヒットを打ったら、延々と吸い続けたという。

運命的な1973年は、残り2試合のうち、どちらか引き分ければ優勝というときに、二連敗してしまうなど、阪神ファンは、激動の波に翻弄されてきた。北氏は中日球場、甲子園と、二試合ともじかに観戦し、絶望の淵に落とされ、当時、『ペストやコレラの発生、あるいは日本沈没の悲報を記すにしても、私の胸はかくなる悲嘆の念に閉ざされはしまいと思う』、『野球界、日本国の国難である』などと記している。

1985年の2リーグ分裂後の初優勝のときは、期待すると優勝を逃す、という自らの教訓から、優勝当日まで、本心とは逆の内容を雑誌などに書き続けたという。また、超有望ルーキーが1年目がからつぶれかけたてき、精神科医の立場から、10頁以上の手紙を送っている。

彼は、宿敵巨人に一銭もおとさないようヨミウリシンブンを取らなかった。巨人の宮崎キャンプを偵察したり、躁状態のときは、食事の席などで正力オーナーに言いたいことを言う。吉田監督との対談では、選手起用法まで現役監督に口出ししている。まるで子供である。このような、氏の行動やエッセイは、こんな大人がいるのか!?、と中学生の私は驚愕し、あきれた。当時、生意気にも人生に絶望するのが、あほらしくなってしまった。北氏はあらゆる文学のおかしみを超越していた。

また、たしか、作家の吉本隆明は、巨人は努力家集団だが、阪神はなまけがちの天才たちだ、のような表現をしていたと思う。とにかく、何十年と、相当の人々をcrazeしてきた。わたしは、相当な門外漢だが、江夏、田淵、新庄、掛布、真弓、そしてなぜか江本の姿は、つよく心情に刻印されている。古くてすみません。

わたしの野球への情熱は「適当」に近いものだが、最近、阪神にどうしても気になる投手がいる。藤浪選手である。成績はよく知らないが、12球団で最も美しいフォームを持つピッチャーだと思う。才能が歩き、投げているようだ。とにかく美しく、しなるようなフォームである。はやく立ち直り、軌道に復活してほしい。すみません、神宮球場から、かげながら応援しています。しかし、親戚や家族がプレーしているわけでもないのに、贔屓の野球チームでひとは、泣いたり驚喜したりする人間という生き物は不可思議である。

 

2018年10月3日 Decopachi