2012/05/19

(NO.507) インドネシアのコピ - 中島友二郎

コピ・ルアク(Kopi・Luwak)。昨年の末にこのコーヒーの物語を知る。コピとはインドネシア語でコーヒー。ルアクはジャコウネコの意味。ジャコウネコがコーヒーの実を食べて消化されずに排出されたコーヒー豆のことらしい。ジャコウの香りがコーヒー豆に着いて最高値らしい。アメリカ映画の「最高の人生の見つけ方」や日本映画の「かもめ食堂」で取り上げられて有名になったらしい。日本で飲むと一杯5,000円もするらしい。こんな話を聞くと、まだまだ世界は知らないことだらけであることを知る。現地の人がジャコウネコの排出物からどうやって豆を集めているのかを想像するだけで楽しくなってくる。飲みたい。
 
4月、インドネシア出張が飛び込む。中国やインドに隠れて今勢いがいいらしいから見て来いという上からのご指示である。15年前に初めてジャカルタに行った。アジア通貨危機の直後だった。経済の不安定からインドネシア在住の華僑が地元民から焼き討ちにあったりして、シャッターを半分閉めた中華料理屋にこっそり入った記憶がある。そしてどこにいってもコーヒーがおいしかったことを覚えている。インドネシア料理はミーゴレン(焼きそば)やナシゴレン(焼きめし)くらいがすんなり口に入る程度で他に記憶に残る料理はなかった。人間の記憶とは時間に比例して簡単に消えていくものである。
 
日本から8時間の飛行時間でジャカルタに入る。インドネシアのガルーダ航空では機内で入国をするのである。入国管が機内に乗っていて、25ドルでビザ(査証)を買って空の上で入国する。日本航空ではそのサービスができなくジャカルタの空港で入国に1時間も2時間も待たされるらしい。まだまだ閉鎖的な国かなと思ってジャカルタの街を見ると日本車だらけである。「インドネシアは二輪車から四輪車の時代に入りましたよ」と現地在住の日本人にキラリとしたひと言でこの国の現状が把握できた。左目で一日2ドルで生活をしているというスラム街を見ながら右目では日本にもないブランドショップモールを見せられる。格差が出てきたというのは経済成長の証なのである。ジャカルタはすべての車両をたした長さの方が道路の長さより長いと言われて、どこに行っても渋滞、渋滞、渋滞。しかし派手にクラクションを鳴らすと警察から罰金を徴収されるらしくアジアの喧騒は聞き取れない。33年間のスハルト独裁政権から脱して初めての直接選挙でユドヨノ大統領が生まれて経済が大躍進中。2億4千万人が立ち上がったのである。コーヒー豆には高級なアラビカ種と安価なロブスタ種の二つがあって、ロブスタ種を飲んでいたインドネシア人が豊かになって高いアラビカ種を飲み出しているという話も聞いた。
 
インドネシアは東西の端から端まで5,000キロ。アメリカのワシントンからシアトルと同じ。1万8千の島があり政府も正確な島の数を把握していないという。親日だという説もあるけれど、日本も台湾もインドネシアも島国だからウマが合うという話も耳にした。インドネシア第二の都市スラバヤに寄ってバリ島に入った。リゾートの島で時間の流れがゆったりと変わる。バリ島はヒンズー教徒が多く、国は同じでもイスラム教のジャワ島とは雰囲気が違う。生まれて初めての神々の島である。ホテルに入ると車の音がまったく聞こえない。プライベートビーチの波の音が聞こえる。夜は蛙やヤモリの鳴き声で眠りに入り、朝は色々な鳥の声で目が覚める。都会と自然の違いは音である。車、携帯、飛行機、電車、冷蔵庫、人、テレビ、ラジオ、アナウンス、建設工事。知らぬ間に都会人は身体に悪い音を叩き込まれているのである。都会の音から遮断されたかったらバリ島に行けばいい。人間らしくなりたかったらバリ島に行けばいい。
 
バリ島にキンタマーニという地名がある。そこのコーヒーが有名でキンタマーニコーヒーというのがある。トラジャコーヒーもある。その中にディズ二―ランドのミッキーマウスのようにいろいろなジャコウネコの絵がついたコーヒーを見つけた。アニメ風であったり動物図鑑の挿絵調であったりするジャコウネコがいっぱいいる。コピ・ルアクだ。バリ島で遭遇できるとは予想もしていなかった。早速買おうと思ったけれど、ホテルの売店から土産物屋までどこにいってもコピ・ルアクが山積みである。アラビカ種豆が原料のものもあればロブスタ種豆のルアクもある。憧れていたコピ・ルアクをこんなに早く目の前にしたというのにあまりに量が多くて手が出ない。あまりに多くて本当にジャコウネコの体内を通ったのかという疑問も出てきた。無いと欲しくなるのにありすぎると欲しくなくなるという人間の本性を自身で感じてしまった。結局、ホテルの前のコンビニにあった100グラム96,000ルピア(約1,000円)のを一つだけ買って帰国した。今まだ封を開けなくても外から香りをかげる。この香りでバリ島の波の音や鳥の声が日本の都会の小さな部屋に聞こえている。封を開けないでコピ・ルアクを夢のままとっておきたい気もする。
 
平成24年5月19日    中島友二郎