2012/02/02

(NO.417) 節分と春の人事異動 — 山田雄正

今日は節分である。

 

「鬼は外、福は内」

 

夕暮れともなれば、各家々から子供達の豆をまく声が聞こえたものだが、

昨今ではこんな悠長な風習は廃れてしまったのだろうか、

無邪気にはしゃぐ子供の声は聞かれなくなってしまった。

 

節分に豆をまく風習は、魔滅(まめ)の語呂合わせともいわれている。

翌日は立春であり、節分を境に新たな年となる。

 

節分に歳の数だけの豆を食べると、風邪をひかないといわれている。

しかし還暦を過ぎた男が、60数個もの豆を正確に数えて、

ただ黙って食べているその顔は、どう見ても間抜けな感じがするものだ。

 

それにしても今年の冬はやけに寒い。

これでは鬼が家の中に入りたがるのは仕方のないことだ。

ましてや虎の皮のパンツ一枚だけでは、さぞかし寒いことだろう。

 

暖かい部屋に入れて酒でも振舞ってあげれば、涙を流して喜んでくれるだろう。

『鬼の目にも涙』ということわざがあるくらいだ。

金銀財宝の恩返しが待っているかもしれない。

 

 

先日、取引先の会社の新社長の人事が発表された。

トップの社長の人事が決まると、これにより玉付きのようにして人が動き転がる。

 

権力者がその権力の椅子に座ってなにより楽しいことは、人を動かす人事であるという。

しかし人事という文字は、読み方を変えれば『ヒトゴト』である。

出世や栄達に関心のない男にとっては、まさに人事は『ヒトゴト』かもしれない。

 

人事異動の異動の意味は『前の状態と違った動きが起こる事』(国語辞典)とあるが、

人事異動は異常な人の動きと理解した方がいいだろう。

権力闘争の春の人事は、土の中の昆虫よりひと足先に、蠢きだしているようだ。

 

絶大な権力者であるオーナー社長は、全社員の人事権を握っている。

 

「来期はあいつを退職させて、あの男を役員に抜擢してやるかな・・」

 

豆をポリポリ齧りながら、社員を将棋の駒のようにして、

人事構想を練っているかもしれないのだ。

 

それを考えると人間の人生は、あまりにも軽いものだと思わざるを得ない。

 

春の人事異動では、降格や左遷の憂き目にあって、

落ち込んでいるサラリーマンも多いことだろう。

 

節分は「鬼は外、福は内」の昔ながらの豆まきでは迫力が足りない。

「この、くそったれ!」と叫んで投げつけるくらいの元気がないと、

福の神はそう簡単には振り向いてはくれない。

 

 

/如月/2012年         山田 雄正