今日は節分である。
「鬼は外、福は内」
夕暮れともなれば、各家々から子供達の豆をまく声が聞こえたものだが、
昨今ではこんな悠長な風習は廃れてしまったのだろうか、
無邪気にはしゃぐ子供の声は聞かれなくなってしまった。
節分に豆をまく風習は、魔滅(まめ)の語呂合わせともいわれている。
翌日は立春であり、節分を境に新たな年となる。
節分に歳の数だけの豆を食べると、風邪をひかないといわれている。
しかし還暦を過ぎた男が、60数個もの豆を正確に数えて、
ただ黙って食べているその顔は、どう見ても間抜けな感じがするものだ。
それにしても今年の冬はやけに寒い。
これでは鬼が家の中に入りたがるのは仕方のないことだ。
ましてや虎の皮のパンツ一枚だけでは、さぞかし寒いことだろう。
暖かい部屋に入れて酒でも振舞ってあげれば、涙を流して喜んでくれるだろう。
『鬼の目にも涙』ということわざがあるくらいだ。
金銀財宝の恩返しが待っているかもしれない。
先日、取引先の会社の新社長の人事が発表された。
トップの社長の人事が決まると、これにより玉付きのようにして人が動き転がる。
権力者がその権力の椅子に座ってなにより楽しいことは、人を動かす人事であるという。
しかし人事という文字は、読み方を変えれば『ヒトゴト』である。
出世や栄達に関心のない男にとっては、まさに人事は『ヒトゴト』かもしれない。
人事異動の異動の意味は『前の状態と違った動きが起こる事』(国語辞典)とあるが、
人事異動は異常な人の動きと理解した方がいいだろう。
権力闘争の春の人事は、土の中の昆虫よりひと足先に、蠢きだしているようだ。
絶大な権力者であるオーナー社長は、全社員の人事権を握っている。
「来期はあいつを退職させて、あの男を役員に抜擢してやるかな・・」
豆をポリポリ齧りながら、社員を将棋の駒のようにして、
人事構想を練っているかもしれないのだ。
それを考えると人間の人生は、あまりにも軽いものだと思わざるを得ない。
春の人事異動では、降格や左遷の憂き目にあって、
落ち込んでいるサラリーマンも多いことだろう。
節分は「鬼は外、福は内」の昔ながらの豆まきでは迫力が足りない。
「この、くそったれ!」と叫んで投げつけるくらいの元気がないと、
福の神はそう簡単には振り向いてはくれない。
3/如月/2012年 山田 雄正