先月芥川賞の発表があった。一年前と同様、対照的な受賞者となった。円城塔も田中慎弥の作品もどちらも読んだことはある。前者は実験的小説と評されているように、一般的にはあまり馴染まない前衛的な作品を書き続けている作家で、さしずめ安部公房的作家との印象。一方後者は日本文学の伝統的な手法で、「性と暴力」、「父殺し」といった古典的なテーマを下敷きにして物語を紡いでいる。今回の芥川賞受賞会見では、田中慎弥のユニークな振る舞いに注目が集まった。作品の内容以上に話題が集まることは如何なものかと思うが、最強のプロモーションを彼が行ったとすれば、それはそれで凄い高等戦略だ。2月1日付朝日新聞の文化面で見た彼の寄稿文はとても感慨深い。私もいつかは芥川賞を「もらってやり」たいと思う。
彼らの小説を手に取った実の理由は作品の題名にあった。ベースボール・ジャンキーの私は、田中の「神様のいない日本シリーズ」に興味を持った。失踪した野球好きの父親の帰還を願う少年にとって、1986年の日本シリーズ「西武 VS 広島」は奇跡のゲームの連続だった。3連敗の後4連勝しシリーズを制したのは西武、その奇跡が父親を呼び戻すきっかけになることを願ったのだ。
一方、円城のメジャーデビュー作は、「オフ・ザ・ベースボール」だった。だが内容は、ほとんど野球には関係のない実験的な小説だった。奇妙な高揚感と浮遊感が不思議な雰囲気を醸し出し、すわりの悪い空間が見えるようだった。作者の意図するところをすべて理解出来なかったが、ごく自然にすんなりと次の作品を手に取った。それは「Self-Reference ENGINE」。18編の短編から成っている(文庫化されたときは20編になった)。ユーモラス、変態、不条理、雄大…、どの言葉も当てはまるリアリティに欠ける世界。短編がすべて独立しているようにみえるが、それぞれが意味を持っているように感じられた。それは読者が各人で自由に感じ取ってくれれば、といった感じ。芥川賞受賞作品「道化師の蝶」は文芸雑誌で読んだ。話者が代わるし時制も入り乱れる円城ワールド。この世界にはまる人ははまるだろう。ミステリとも怪奇小説ともSFともいえるいわゆる「奇妙な味」のカテゴリーに位置するのだろうか?
芥川賞作家による野球小説で記憶に残っているのは、村上龍の「走れ!タカハシ」ぐらい。タカハシとは広島カープで活躍した高橋慶彦のこと。野球小説のジャンルに入れていいのかと思う中身だった。実生活の中で主人公がピンチに陥っても、タカハシのヒットや盗塁で救済される、といったストーリーだったと思う。野球はあくまでもメタファー的存在から逸脱することはない。
前々からいつかは野球を題材にした小説を書いてみたいと思っている。今は亡き山際淳司のノンフィクションの名著「江夏の21球」(Number誌の創刊号に掲載された)や「スローカーブを、もう一球」(今回春の選抜高校野球に選ばれた群馬・高崎高校が30年ほど前に選抜初出場を決めたときの様子を書いた)のように読者に爽やかな感動を与えるような「小説」を。決して野球をメタファー的存在にとどめさせるだけではない小説で芥川賞を「もらって」やる。
平成24年2月2日(木) 津々井 敬