先日のことだが、富山県の取引先の賀詞交換会に出席することになった。
賀詞交歓会では講演の後にパーティーがある。
そのパーティー会場で顔見知りの人に会えば、お愛想笑いを浮かべて挨拶のひとつもしなければならない。
「あっ、どうも、どうですかね今年は・・」
こんな、どうでもいい会話を交わすことが厭で、何かと理由を付けては逃げていたが、今回ばかりは逃げ切ることができなかった。
嫌々ながらも仕方なく、早朝の東京駅から上越新幹線に乗り富山に向かった。
東京は快晴の冬空だが、北陸地方は雪になるとの予報である。
高崎を過ぎた辺りから窓の外は雪景色に一変した。
今年の冬は平年より降雪量が多いようだ。
越後湯沢で北陸本線に乗り換える。
ここから特急で2時間ほどで富山に着く。
直江津あたりから右手に日本海を眺めることができる。
冬の北陸の日本海ほど寒々とした景色はない。
冬の北陸は演歌の世界でもある。
寒さを堪えながらセーターを編む女を、男はいじらしく思うものだ。
南国の女に、はたして未練あるのだろうか。
あっさりと別れるような女は、逆に男の方に未練が残る。
ストーカーのように執拗に追いかける歌がある。
追いかけて追いかけて雪国まで追いかける。
追い続け、追い求めることによって、執念と情が絡んだ歌ができる。
冬の北陸の海は、そんな男と女の業が波となって砕けている。
糸魚川を過ぎた辺りで雪が激しく降り出して来た。
パチパチと雪が車窓に当たって砕ける。
鉛色の重たい雲はどこまでも続いている。
このような厳しい土地に住んでいる人は、どれほど辛抱強くなるものなのか。
怨まれるようなことはしない方がいい。
親不知の海岸線は、岩に砕けた波と風と雪がぶつかり合い、海鳴りが野獣の唸り声のように聞こえる。
松本清張の小説『砂の器』が浮かんでくる。
『ゼロの焦点』も北陸が舞台である。
醜い過去を知られることを怖れ、殺人を犯す小説である。
人間は誰もが、他人に知られたくない過去を引きずって生きているものだ。
呑み過ぎて泥酔して、醜態をさらしたことは数えきれない。
溢れるほどの在庫を持って大損したり、得意先が倒産して多額の債権を発生させたり、仕事での判断ミスは毎度のことである。
生きて来た痕跡は、醜いものが大半である。
この先の人生も、醜い出来事が口を開けて待っているのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えていたら富山に着いた。
賀詞交歓会の会場のホテルに行き、パーティーにはちょっと顔を出しただけで直ぐに退散した。
長居は無用である。
翌朝は一便の飛行機で羽田に帰った。
東京は快晴の青空である。
関東の馬鹿っ晴れとは、こんな空を言うのだろう。
未練も怨みも執念も吹っ飛ぶほどの青空である。
1月の恒例行事がこれで終わった。
27/睦月/2012年 山田 雄正