2012/01/26

(NO.410) 「ソ連邦崩壊と原発③」

原子力発電とは、他の火力発電と同様、要するにヤカンで湯を沸かしその水蒸気でタービンを回すというものだ。そんな単純な工程であるのに、何千というポンプ、バルブ、パイプ、そしてモーターを配し複雑化されている。その設計、製造、管理、整備、運転に多くの人員をかける。少しのミスが命取りになることは、火を見るより明らかである。アインシュタインはこう述べている。「科学者ですら、原子力について完全に理解しているわけではない。各人の抱く知識は不完全である」と。

今年に入って日本政府は、既存の原発を原則40年、最大延長運転60年で廃炉にするとの方針を打ち出した。ならば、40年を経過していないものは存置していいのかとの異論はあるが、脱原発に向けて一歩前進したと評価したい。やるやる詐欺の政府のこと、どこまで成し得るか厳しくチェックしなければならないけど…。だが、これには産業界が強く反発している。火力発電に頼ることは、地球温暖化の原因となる二酸化炭素発生問題をどう解決するのかとか、化石燃料輸入に依存する現状の中で安定的に絶やさず確保できるかとの疑義を必要以上にただしている。電力の安定供給が保証されなければ、工場を海外移転せざるを得ず、ますます産業空洞化が進んで雇用にも影響が出ると恫喝する。

原油、石炭、天然ガスなど、日本に存在しない原料の輸入には確かにリスクはある。最近のイランへの経済制裁を主とした包囲網の対抗措置として打ち出されたホルムズ海峡封鎖リスクもそのひとつ。原発存置・推進派は、このリスクを声高に叫び、「そら見たことか」と原発の即時廃炉に文句をつける。ならば、ウラン輸入はどうなのかと問いたい。都合のいい論理を振り回し、持論を展開してきたつけが生み出した結末への反省はどうなったの?

日本の原発政策は、まずは建設・稼働ありきだった。後付けで格好付けのために地質調査を行ったというお粗末さは既に明らかにされている。再稼働に向け「仕方なく」行っているストレス・テストもその類だろう。安全評価も結論ありき…。経済活動が円滑に行われるためには、普段からの粘り強い不断の平和的外交努力が求められるのに、それを「さぼって」一足飛びに性急で愚かな道を選び改善を怠ることは、不作為の罪と言われても反論できないだろう。

国民の多くは脱原発を望んでいる。それ以上に、経済発展と日本国民の安全を天秤にかけるような非人道的な行為は即刻やめた方がいい。先日、脱原発世界会議が開かれた。その折、男子児童が問いかけた「国の偉い人たちに聞きたい。大切なものはこどもの命ですか。それともお金ですか」は、皆の心に響いたはずだ。「ウソで固めたピラミッド」からウソがなくなりソ連邦が崩壊したように、「ウソで固められた原発行政」が明白になった今、原発は日本列島から消えゆく運命にある。

この項終わり。

平成24年1月26日    津々井 敬