2011/12/08

東日本コーヒー商工組合 in Hawaii その⑧

コナ・コーヒー・リビング・ヒストリー・ファーム(Kona Coffee Living History Farm)の内田農園の見所は何と言っても1925年に建てられた家と1926年に建てられたウェット・ミルとドライ・ミルです。それぞれ築85年以上経っています。さらに家は1994年まで実際に内田マサオ氏が住んでいて、ミルも1990年まで稼働していたそうです。

家の中は自由に見学する事が出来ます。しかも昔の生活していた頃のままです。多少の演出は入っているとは思いますが非常にノスタルジックな感じです。昭和天皇の若かりし頃の写真や昔の児童本。畳ではありませんでしたがゴザも敷かれ以外に快適に暮らせそうな感じです。極めつけはキッチン、というよりも炊事場。カマドです。バブル以降、日本人観光客が、やれハワイだぁ、ロスだぁ、オーストラリアだぁ、と世界各国に押し寄せて散財している中、ハワイという観光のメッカでカマドで生活している日系人がいたかと思うと思わず目頭が熱くなってしまいます。因みにこの炊事場は今でも現役です。この家を案内してくれた日系のオバちゃん(3世だったかな?)が農園内で採れた野菜を使ってスタッフ用に昼食を作っていました。炊事場にハワイらしい日本には無いものが一つ。コーヒーのグラインダーです。これはどこの家庭にもあったらしく、オバちゃん曰く「子供の頃はこのグラインダーでコーヒー豆を挽く時のガリガリガリが目覚まし時計代わりだった」との事。日本では包丁とまな板のトントントンが目覚まし時計代わりでしたから、そのあたりはやっぱりハワイって感じです。

家のすぐ隣にウェット・ミルとドライ・ミルがあります。このウェット・ミルが出来るまでは全て手作業で収穫時期は朝早くから夜遅くまでと寝不足になるくらい時間がかかっていたようです。それが機械式のウェット・ミルが出来た事によって労働時間が随分軽減されました。ただこのウェット・ミル内での作業は成人男性のみが行っていたようです。理由は剥き出しの機械が危ないからだとか。服や帯や髪の毛が引っ掛かったら大変です。

道具にも日本人らしい工夫がされてます。一見普通の脚立に見えますが上の部分がジョイント式になっていて足場の悪い狭い場所でもひねって使えるようになっているそうです。ステッキのような棒はカギと言い、鍵の部分に枝を引っ掛け棒の先に付いたヒモを足で押さえて両手を使って手の届かない所のチェリーを摘むという優れものです。カンカンは子供用のチェリーを入れるカゴです。

ハワイのコーヒーでの日系人による1番の発明はホシダナではないでしょうか。女性一人でも簡単に動かす事の出来るホシダナの発明開発で作業効率もかなり良くなったと思います。こう考えると如何に日系人の方々がコナ・コーヒーに貢献してきたか、道具一つを見てもわかるような気がします。

恐らく今回のツアーで参加者の食い付きが一番良かったのはここかもしれません。農園ではなくて…。