産まれて間もなく母猫に死なれた子猫の話である。
その子猫は犬の乳によって育てられた。
母犬は自分の子犬と同じようにして子猫に乳を飲ませて可愛がった。
ところが悲しいことに、今度は育ての母親の犬が車にはねられて死んでしまうのである。
何も知らない子猫は、毎日毎日、母犬を求めて探し廻るのだった。
そんなある日のこと、探し疲れていた子猫のそばを、あのやさしい母犬と同じ匂いのする犬が歩いてきた。
「あっ、ママだ、ママの匂いだ」
子猫は喜び勇んでその犬に向かって走って行くのだった。
ところが何も関係のない犬の方が驚いた。
突然、子猫が走って来たので、ガブリと子猫の足を噛み付いたのである。
子猫はびっくりして近くの木によじ上って、噛まれた傷口を舐めるのだった。
「どうして噛んだりするんだろ。あのやさしいママの匂いなのに・・」
子猫は泣きながら悩むのだった。
それから後も、あのやさしいママの匂いのする犬が通る度に、行って甘えたい、だけど噛まれるのが怖い、甘えたい、怖い、のジレンマに陥るのだった。
ジレンマ(Dilemma)とは、板挟み・どちらとも決めかねる状態の意味で、英語である。
男性も女性も結婚を決断する時には、本当にこの人で良いのだろうかと、躊躇や逡巡を何度も繰り返すだろう。
その葛藤の裏側には、必ず強かな打算が潜んでいるものである。
子猫のジレンマの純粋性に及ぶものではない。
7/長月/2010年 山田 雄正