2010/09/02

なんといっても若乃花

初代若乃花が亡くなった。82歳だった。
団塊世代のシンボル的な存在で、相撲界にとっての功労者であったが、またひとつ巨星が消えてしまった。

昭和32年(1957年)の時、私は小学生の2年生で、若乃花はまだ大関だった。
担任の男性の先生が大の若乃花ファンで、いつも若乃花の話ばかりしていたことを憶えている。

「やっぱり若乃花は強いね」 
「今場所の若乃花は優勝するよ」
「若乃花の仏壇返しは豪快だね」
「若乃花はもうすぐ横綱だね」

毎日の授業が若乃花だったのである。

相撲好きの先生だったので、体育の時間は相撲を取ることが多かった。

豪快な上手投げを決めた生徒には、「凄いぞ、凄いぞ、若乃花みたいじゃないか」と、誉めてくれたりした。

粘り強い相撲を取った生徒には、「良く頑張った、敢闘賞をあげよう」といって、頭を撫でてくれたりするので、
子供達は更に懸命になって相撲を取っていた。

学校の昼休みは、決められたように砂場での相撲だった。

「俺、若乃花」
「じゃあ、俺は栃錦」
こんな具合でいつも取っ組みあっていたのだが、

「俺、若乃花」
「俺も、若乃花」
「俺も、俺も、俺も若乃花・・」

いつしかクラスのほとんどの生徒が、若乃花と名乗るようになってしまったのである。


若乃花は昭和33年(1958年)の初場所に優勝して30歳で横綱になっている。
そして昭和37年(1962年)の夏場所で引退した。

その後は柏戸、大鵬が柏鵬時代として相撲界を引き継ぎ、若貴兄弟などが時代を築くが、
若乃花の魅力を超える力士が現れることはなかった。

やっぱり誰がなんといっても、若乃花である。(合掌)


2/長月/2010年       山田 雄正