【口は災いの元】
今、この諺をしみじみと感じているのは菅首相ではないだろうか、
小沢一郎元幹事長に対して、
「当分の間は静かにしていてもらいたい、それが民主党のため、そしてこの国の政治の為だ」
この言動にはさすがの小沢一郎もぶち切れて、怒り心頭になったことだろう。
今回の民主党の代表選は、菅首相の不用意な発言によって捲き起った遺恨試合に過ぎない。
怒りや怨念などで政治をやられたら、国民はたまったものじゃないが、
菅首相の過度な自信によって政治の流れを見誤った代償は大きく、
悔やんでも悔やみきれない失言となった。
しかし代表選挙は話し合いとなり、茶番な政治芝居の幕開けが始まろうとしている。
1971年(昭和46年)頃だったと思うが、川崎の駅前で田中角栄の演説を聴いたことがあった。
その顔は赤銅色に日焼けして精気に溢れていた。
「まあ、この・・ 日本列島を改造して」
「まあ、この・・ 日本の経済を発展させて」
「まあ、この・・」
ダミ声から発する言葉のひとつひとつには愛嬌すら感じられた。
この人に全てを任せようと、心酔させられるような弁舌であった。
「婆ちゃん元気か」
「嫁さんはどうした」
「子供は産まれたのか」
歴代総理大臣の中でも、田中角栄ほど親しみを覚える政治家はいないだろう。
金権政治とマスコミから叩かれたが、不況になると絶えず田中角栄待望論が出るのは、
日本に活気があったあの時代を、もう一度取り戻したいという願望が国民にあるからだろう。
それとは逆に、菅首相の掲げる”最少不幸社会”はあまりにも貧弱な感じがする。
『今太閤』と、もて囃された田中角栄だが、コンピュター付きブルトーザーの愛称は、
本人もかなり気にいっていたようだ。
不況の時代だからこそ、力強いリーダーシップを望むのものだが、
それにしても今さらトロイカ体制とは・・ 驚くばかりで何らいう言葉もない。
31/葉月/2010年 山田 雄正