2010/07/28

セピア色の言葉

「つつがなくお過ごしですか・・」

手紙の書き出しで、相手の安否を気遣う常套句として使われてきた言葉である。

これはツツガ虫に刺されずにお元気でしょうか、と言う意味合いもあるようだが、
いずれにせよ昨今では消滅寸前の言葉になっている。

「やぶさかではございません・・」

初めて社会人になった時の職場の課長が、得意先に対して頻繁にこの言葉を用いていた。
あまり聞き慣れない言葉だったので、今でもよく憶えている。

これは物惜しみせず、努力するという意味だが、
この言葉も昨今では殆ど聞かれなくなってしまった。
また、この言葉を好んで用いていた当時の課長だが、すでに故人となってしまった。

特徴的な言語や癖のある言い回しなどは、それを用いて話していた人が亡くなると、
その言葉も一緒に消えてしまうような気がする。

落語家の桂文楽(八代目)の話言葉もそれと同じである。

『べけんや』 『あばらかべっそん』など、意味不明な言葉を連発していた師匠である。
『あんだらそんじゃ』 『ぜろぜろぜっぷり』となると、まったくもって何だか判らない。

お銚子をお代わりする時は「もうひとつ、てれっつだよ」と言って、頼んだそうである。

「このコーヒーの香りは、なんともべけんやで、ようがすよ」
文楽師匠がコーヒーを飲んだら、おそらくこんな洒落た台詞を言ったかもしれない。

奇妙な言葉の数々は、文楽師匠が亡くなってから聞かれなくなってしまったが、
たとえ日常的な言葉であっても、その人の体臭が沁みこんんでいると、
その言葉は活き活きとするものだ。


【じれったい】【依怙地】【おもやい】【天の邪鬼】
【甲斐性なし】【一丁前】【息災】【剣幕】【堪え性】 

どもれがセピア色の言葉で半死語となっているが、この言葉達が活躍していた時代に対しては、
懐旧の情さえ湧いてくるものである。

【うざい、いけてる、マジ、びみょう・・】
昨今の若者言葉の軽さには、何らいう言葉も見つからない。


『いま更に あばらかべっそんの 恥ずかしさ』 桂 文楽


28/文月/2010年     山田 雄正