ある週刊誌が、今の日本で一番必要とされている人物のアンケート調査をした。
その結果は竜馬、西郷、家康、信長などを抑えて、勝海舟がトップであった。
その勝海舟だが、咸臨丸に乗船してサンフランシスコへ向け船出したのは、
1860年(万延元年)のことである。
サンフランシスコに着いてからは驚きの日々であった。
そびえ立つ建物や蒸気機関車には、圧倒的な国力の差を見せつけられる思いだった。
勝をとりわけ魅了させたものは珈琲の香りである。
「このような美味なるものが、この世にあったのか」と、感嘆の声を上げたほどである。
ミルクという牛の乳を混ぜると、さらに美味になり、まろやかになることにも感動した。
日本に帰国する頃にはすっかり珈琲党になり、珈琲の甘い香りに惚れ込んでしまったのである。
それから8年の後、徳川幕府は崩壊の時を迎えていた。
勝海舟は幕府側の代表として、新政府軍の総大将の西郷隆盛と、
江戸開城についての会談を行うのである。
重苦しい会談の場で、勝は突拍子もない話を投げ掛けた。
「西郷さん、おまえさん珈琲の香りを知ってるかい?」
勝はわざとぞんざいな話し方をして、西郷の反応を窺った。
「・・珈琲でごわすか?」
西郷は明らかに戸惑った表情をしたのを勝は見逃さなかった。
その瞬間、「この会談は有利に動く!」と勝は確信した。
「そうよ、珈琲よ、あんな美味なものはない。その珈琲を亜米利加の異人達は日に何度も飲むんだ。
あんな連中と戦をしても敵うもんじゃない。大したもんよ」
後は終始、勝のペースで会談は進んだ。
西郷は黙って聞いていたが、最後に納得したような顔をして、
「江戸のことは全て勝さんにお任せしもんそ」と言って、会談の場を後にした。
大きなの肉の塊をドンと投げたような重い言葉だった。
新政府軍は江戸総攻撃の命令を待っていたが、西郷はその命令を下すことはなかった。
歴史の面白さは、歴史上の人物を勝手に動かすことにある。
会談の場で『珈琲の香り』が話題にならずに、交渉が不調に終わっていたら、
江戸は火の海となり、多数の死者が出たことだろう。
珈琲の甘い香りには、歴史を動かすほどの不思議な魔力が、秘められているような気がする。
21/文月/2010年 山田 雄正