2010/07/21

勝海舟と珈琲の香り

ある週刊誌が、今の日本で一番必要とされている人物のアンケート調査をした。
その結果は竜馬、西郷、家康、信長などを抑えて、勝海舟がトップであった。

その勝海舟だが、咸臨丸に乗船してサンフランシスコへ向け船出したのは、
1860年(万延元年)のことである。

サンフランシスコに着いてからは驚きの日々であった。
そびえ立つ建物や蒸気機関車には、圧倒的な国力の差を見せつけられる思いだった。

勝をとりわけ魅了させたものは珈琲の香りである。

「このような美味なるものが、この世にあったのか」と、感嘆の声を上げたほどである。

ミルクという牛の乳を混ぜると、さらに美味になり、まろやかになることにも感動した。
日本に帰国する頃にはすっかり珈琲党になり、珈琲の甘い香りに惚れ込んでしまったのである。


それから8年の後、徳川幕府は崩壊の時を迎えていた。

勝海舟は幕府側の代表として、新政府軍の総大将の西郷隆盛と、
江戸開城についての会談を行うのである。

重苦しい会談の場で、勝は突拍子もない話を投げ掛けた。

「西郷さん、おまえさん珈琲の香りを知ってるかい?」

勝はわざとぞんざいな話し方をして、西郷の反応を窺った。

「・・珈琲でごわすか?」

西郷は明らかに戸惑った表情をしたのを勝は見逃さなかった。
その瞬間、「この会談は有利に動く!」と勝は確信した。

「そうよ、珈琲よ、あんな美味なものはない。その珈琲を亜米利加の異人達は日に何度も飲むんだ。
あんな連中と戦をしても敵うもんじゃない。大したもんよ」

後は終始、勝のペースで会談は進んだ。

西郷は黙って聞いていたが、最後に納得したような顔をして、

「江戸のことは全て勝さんにお任せしもんそ」と言って、会談の場を後にした。

大きなの肉の塊をドンと投げたような重い言葉だった。

新政府軍は江戸総攻撃の命令を待っていたが、西郷はその命令を下すことはなかった。

歴史の面白さは、歴史上の人物を勝手に動かすことにある。

会談の場で『珈琲の香り』が話題にならずに、交渉が不調に終わっていたら、
江戸は火の海となり、多数の死者が出たことだろう。

珈琲の甘い香りには、歴史を動かすほどの不思議な魔力が、秘められているような気がする。


21/文月/2010年         山田 雄正